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松平容保
 松平 容保(まつだいら かたもり)

 会津藩主 松平 容保は 命ぜられ 幕末の京都守護職に 千人の兵を率いて

 火を噴くような 京都に 進みました。

 火中の栗を拾う如しと いさめた家臣たち。それなのに

 最後の将軍慶喜は あっさり降伏し 結局 会津は官軍の前に孤立。

 鶴ヶ城 白虎隊 城包囲などの 悲劇の地になりました。

 今 地震・津波により 騒動の中心もまた 福島です。

 孫の運動会に行く前に 京都黒谷 会津藩の陣地があった(寺域が広い)

 金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)を やっと 訪ねることができました。

 春日の局による「江」の供養塔の奥の奥 歩いて歩いて 石段登って

 松籟聞こえる山の一番上に 会津墓地はありました。

 京セラでしょうか 女子アスリートが 軽々と走り登る道を 後から歩いて

 いったのですが 導いてくれたような感覚がありました。

 会津藩の果たした律儀な 損とおもわれる役割 

 もっと知らなければいけないと思いました。
 
 
    

 
【2011/10/17 05:00 】 | 旅  趣味 | コメント(20) | トラックバック(0) |
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